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東武グループが“みちのりHD”へ譲渡した『東野交通G』
(その後、同じみちのりHDの“関東自動車”と統合し消滅)

それを踏まえ一部は部外者の想像した推測も含めて考察してみる
(妄想や妄言の類を一切排し合理的な推測で考察する)

歴史を辿っていくと元々は独立系の鉄道事業者

東京から北上した時
宇都宮から先の右側が『東野エリア』と呼ばれる地域で
西那須野を起点に鉄道事業もやっていた会社

東野エリアは宇都宮にも隣接し
ある程度東武にとって戦略上有益なエリア

そういう経営判断もあって
1963年頃に東武Gが資本参加し系列化したんだろう

さて当管理人は東野をあまり取り上げないが
その理由は『東武Gのイメージが薄く馴染みがほとんどない』から

昔東武が発行した時刻表には“鉄道の培養線”としてバスが直営だった為
バス時刻表の記載があった

しかし『東野交通』は
問い合わせ用の住所・電話番号が公開されていたものの時刻表の記載はなし

また子供だったので財力もなく宇都宮へ頻繁に行くこともなかった

近年IT発達により東野交通の情報が簡単にアクセスできるようになり
それに接して感じたことは
“東野は東武Gになっているけど、あまり東武カラー出したくない気がする”と
思ったりもした

過去の車両写真なんかもヒットして見たら
『関西系事業者の中古新規』がある程度見受けられ
『親会社Gからの転籍車比率が少なすぎる』という

親会社は自社エリア権益確保による資本参加しただけで
会社そのものにはあまり興味ない様な感じ

東武鉄道がバスエリアを朝日に分割した時
東野交通を朝日傘下に入れず『東野G』としたのも…
(同じ立ち位置だった茨城急行や阪東自動車は
朝日自動車Gへグループ再編し編入)

そして“みちのりHD”へ売却離脱を聞いた時
“外様はどこまで行っても外様だったんだな”と感じた

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